(独日)
あまり眠りの深い方ではなく、今夜はがたりと音を立てた雨戸で目が覚めた。
戦国の頃なら迷わず刀を抜いたなと、寝惚けたままで寝返りを打つと手が何かに当たる。
いぶかしみつつ夜目を凝らすと、すぐ傍にドイツがいた。

「…。」

一瞬面食らったが、そういえば今日はうちに泊まらせたのだっけと思い出す。
夕餉の後、戯れに日本酒を出してみたのだ。しかも燗で。彼は真面目な風貌や気質に似合わず、いける口だ。
飲み方も知らぬ酒を面白いようにぱかぱかと飲んでいた。

(この人も、酔うのだなぁ…。)

珍しくも酔った彼の、それでも控えめな愚痴を聞き(大半がイタリアとオーストリアの話であった)、そうしてそのまま泊まらせたのだ。
一人帰すには不安であったし、送って行くにも更けすぎた。それに、春先とはいえ夜は冷える。寒空に酒が醒めるのも面白くない。

(…寝よう。)

まだ外は暗い。朝餉の準備にも早かろう。
二度寝しようと布団をさぐり、伸ばしたままの手を引っ込めようとした。

その手をがっと掴まれた時は思わずひや、とした。

(び、びっくりした…。)

起きたわけではないらしく、しかし手が離される気配もない。それどころかぐい、と引かれてそのまま抱きしめられた。
年甲斐もなく赤面しながら逃れようと軽く身を捩ってみるが、やはりというか無駄であった。

(まあ、いいか…)

人肌に眠気が一気に押し寄せ、頭に霞がかかる。
人の腕に抱かれて眠るなど久方ぶりだ。美しい黒の長髪をほんの一瞬思い出し、しかし思考はすぐに霧と消えた。



(だってここは、ひどくあたたかい。)

















(仏日)
「これは?」
「餡子です。ああ、食べてみますか。」
「お、じゃあ遠慮なく…ふぅん、えらく甘いな。これだけで食うのはつらくねぇ?」
「お餅に包んだり、お団子にかけたりして食べるのが一般的ですね。」
「じゃあ今日はそれだな。」
「ええ、そのつもりで。ああ、善哉も美味しいですよ。時間掛かりますけど。」
「食った事無いなぁ。…食いたいなぁ。」
「…今度来られる時には作っておきましょう。」
「さっすが日本、ほんといい奴だなぁお前は!」
「…まったく、敵いませんね…フランスさん、これ全部チョコレートですか?」
「ああ、色々あるだろ。そこの棚のは全部ヴァローナのヤツな。GUANAJAにIVOIRE、EXTRA AMER…」
「た、沢山あるんですねぇ。」
「作るモンによって使い分けたりするしな。」
「例えば?」
「色がいいのは装飾、風味が強いのはアイスとかシャーベット。カカオの量の調整用とかもある。」
「流石、といいましょうか。凄いですね。」
「そうか?」
「ええ、食に対する情熱が。」
「どっかの眉毛とは違うからな。」
「…。」
「お!笑ったって事は日本もそう思ってんだな。」
「いえいえ、そんな事…ふふ。」
「ははっ、ま、そうしといてやるよ。」
「それはどうも。…フランスさんは、今日は何を作られるのですか。」
「Orangette.」
「おらん…?」
「オランジェット。」
「おらんじぇっと。」
「はい、正解。」

甘い香りに心躍らせ、今日はお菓子を作りませんか。

「料理上手いし嘘付かないし綺麗し…ホント日本嫁に来ない?」
「…ぜ、善処いたします…。」
「あれ、もしかして遠回しに断られてなぁい、俺。」























(英日)
彼に送るなら、何色の薔薇が一番だろうか。

白色の薔薇は、汚れなく誇り高い彼にぴったりだ。尊敬は彼に贈るに相応しい。
ぱちり、と一本切り取る。

桃色の薔薇は、可愛らしい彼の笑顔にきっと合う。温かな心は彼そのものである。
ぱちり、と一本切り取る。

赤色の薔薇は、黒髪に深く溶けこみ美しいだろう。情熱と愛情はそれこそ言葉で伝えられぬ想いだ。
ぱちり、ぱちりと二本切り取る。

黄色の薔薇は…


そこまで考えて、思考が止まった。
黄色の薔薇は、別れの薔薇だ。尊敬も暖かな心も情熱も愛情もかなぐり捨てて去っていく色だ。


「イギリスさん?」

掛けられた声に振り向くと、心配そうにこちらを見ている日本の瞳とかち合った。急いで目線を逸らしてしまう自分が情けない。
「どうされました、お加減でも…」
「あ、いや、何でもない。…これ、やるよ。」
そっぽを向いたまま、手に持った薔薇を押し付ける。日本は少し間をおいてから、嬉しそうに礼を言った。
「べ、別にお前の為に切ってやったんじゃないからな!間引きだ間引き!」
思った事と真逆しか言えない口が憎い。

「これもいるか?生えすぎて困ってんだ。」
日本は早口に捲し立てる俺と、そして俺が指差した黄色い薔薇を見て言った。

「…黄の薔薇は、別れの薔薇ですから。ご遠慮してもよろしいでしょうか。」

まさか花言葉なんて知っているとは思わなかったものだから、驚いて日本を見つめた。
「あ、ああ、悪ぃ。そうだったな。」
「すいません、折角のご好意を…。」
「だから、間引きだっつってんだろっ!」
間髪いれず怒鳴ってしまった俺に、日本は優しく笑って「分かっておりますよ。」と言った。
大声を出した自分が酷く子供っぽくて、恥ずかしさにまた目線を逸らす。
「…あー…日本、もうすぐティータイムだ。何なら日本の分も淹れてやってもいいぞ。」
可愛げの無い物言いしか出来ない口が本当に憎い。
「よろしいのですか?」
「ああ。」
「では、お言葉に甘えて…。」

そう言って笑う日本の手に黄色い薔薇は無い。
馬鹿みたいに安心した俺は、じゃあさっさと行くぞ、とまたしても偉そうな口調で薔薇園を後にした。











拍手第一弾でした。
長いかわりに三つだけ。どっちがいいんだろう。