疲れているならそう言ってくれればいい。
ただ一言、疲れた、と言ってくれればいい。
そうすれば直ぐにでも寝室のベッドへ放り込むのに。
(放り込むとは、乱暴だな…。)
苛立っている自分が嫌になる。
「…日本、大丈夫か。」
問うたところで、答えは決まっている。
「はい、大丈夫ですよ。」
お気遣い有難うございます、と微笑んで軽く頭を下げる。
こう言われてしまえば、どうしようもない。
「…そうか。無理は、するな。」
月並みな言葉しか返せない自分に、また苛立ちが募る。
日本の我慢と遠慮は、優しさだ。
それを分かっていながら気遣いに甘えている。
だからといって、どうすれば良いのかは分からないからまた腹が立つ。
無理矢理に休ませれば、日本はきっと自分を責めるのだ。
例えばフランスなら、日本に気を遣わせることなく自然と休息を取らせるだろう。
いや、むしろこんなにはっきりと疲れが見えるまで、放っておかない気がする。
器用に、気付かせる事無く。
そんなどうでも良いことを考えていると、日本が椅子から立ち上がった。
「どうした。」
「あ、お茶を淹れてきます。ドイツさん、ずっと仕事し通しでしょう。」
台所お借りします、と横を通り抜ける日本を慌てて引き止める。
「ま、待てっ…俺が淹れよう。日本は座っていてくれ。」
「え、でも…」
「いいから。」
何やら言いたげな日本の言葉を遮り、肩を押して座らせる。彼は非常に申し訳なさそうな顔で笑い、「すいません…。」と言った。
頼むから気にしないでくれと、ある種の罪悪感すら感じつつキッチンへ向かう。
お茶一つでこれだ。
無理矢理休ませたら腹でも切りかねないのではないか。
冗談にも思えず、全く笑えない。
日本はコーヒーより紅茶を好むようだった。残念ながら彼の最も愛する緑茶はこのキッチンに無い。
そうこだわりがある方でもなく、紅茶はダージリンが一缶あるだけだった。蓋を開け、スプーンに三杯の茶葉を入れる。ポットで沸かしたお湯を注ぎ、放置。
手順は恐らく間違っていないが、味気ない事だと自分で思う。
例えばイギリスなら、きっと手の込んだ淹れ方の、美味しい紅茶を日本に出すだろう。
厳選された茶葉を惜しげもなく使い、お湯の温度まで管理する気がする。いや、絶対する。
日本は喜ぶだろう。彼は決して文句をいう事は無いが、味に厳しい。
そんな、本当にどうでも良いことを考えていると、居間の時計が大きな音を鳴らした。
慌てて紅茶を注ぐが、どう贔屓目に見ても濃い。
まったくもって情けなくなりながら、しかし待たせるのも悪く、結局濃い紅茶を持っていく。
お湯で薄めるという手段を思いついたのは、日本に礼を言われた後だった。
日本はやはり、文句の一つも言わずに紅茶を飲みほした。淹れた本人が渋さに辟易しているのだが。
「ご馳走様でした。」
ご丁寧に頭を下げられる。いたたまれない。
どう返事をしたものか、まごついている間に日本は再び書類へ目線を移していた。
例えばアメリカなら、強引にでも日本を休ませるかもしれない。
日本もアメリカ相手なら、自責を感じる前に流されるだろう。
例えばイタリアなら、この場の空気をもっと和らげるだろう。
真剣な表情の日本を微笑ます事もきっと簡単にやってのける。
例えば中国なら、兄貴風を吹かして言う事を聞かせるのだろう。
あの兄は弟に非常に甘い。過保護なまでに労わるのだろう。
例えばロシアなら、…いや、無理だ。
強引さは確かに十分だが、日本がそれを聞かないだろう。
だがそれでも押し切る気もする。
どうでも良いことだ。
ただ分かるのは、彼らの中の誰よりも、今の自分が役立たずだと言う事だ。
気遣わせる事無く、休めと言う事すら出来ない。
「…ドイツさん。」
いきなり掛けられた声に、驚く。
「え、あ、何だ…?」
「何を考え込まれてるんです、さっきから。」
眉間に指をやると、「皺、よってますよ」と笑う。
「いや、何でもないんだが…」
どこがだ。
自分でも無理があると思いながら返答すると、日本はやはり納得しないままこちらを見ている。
黒い瞳が逸らされる事無く俺の目を見ている。
勝てるわけが無い。
「いや、その…役立たずだな、と。」
「…は?」
少々変わった声を出して、日本が首を傾げる。
困惑の表情は、しかし俺が訥々と話をするにつれて笑みに変わった。
「…笑うな。これでも真剣なんだ。」
「す、すいません、でも、ねぇ?」
ころころと笑う日本は素直に綺麗だと思うが、勘弁して欲しい。
ある程度笑って落ち着いたのか、静かになった日本が口を開く。
「ドイツさん、私は役立たずですね。」
「…は?」
先ほどの日本と同じような、奇妙な声を上げて俺は固まった。
「私は小さな島国で、西欧の皆さんのような技術力もまだまだありません。
ドイツさんには御教示頂くばかりで何一つ返せておりませんし、他の皆さんにも助けていただくばかりです。
ほとほと情けなくなる事ばかりですが、それでもこうやって同士でいて下さるドイツさんには本当に申し訳ないばかりです。
まったくもって役立たずも甚だしい。」
珍しい饒舌で、間に言葉を挟む余地も与えないままに言い切った。その内容はまったくもって同意しがたい。
「そんな事は無い。その、日本の技術発展には目を見張るものがある。こちらが得るものも多い。
それに、何だ、日本は誠実で誇りある国だ。日本と同士である事は、嬉しい。」
不器用さが嫌になる。思った事の何割が日本に伝わっているのだろう。
焦りながらも精一杯に返答する俺を見て、日本は言った。
「ねぇ、ドイツさん。私も貴方と同じように思ってるんだと、分かっていただけませんかね?」
優しく微笑んで、「だから役立たずとか言わないでくださいね。」と言う日本を、黙って見つめる事しか出来なかった。
本当に敵わない。
「大体、私からすればドイツさんも大分無理してますよ。
紅茶は確かに少し渋かったですけど、淹れてくださる心遣いが嬉しいんです。
無理矢理に休ませていただかなくとも、気遣って下さっているのは分かっていますし。」
「ならもう少し頼ってくれ。」
間髪いれず言う俺に、日本は少し驚いたような顔をした。そうしてじっと俺を見た後、小さく笑う。
「…では、お言葉に甘えて。少し休憩にしませんかドイツさん。」
いや、俺は、と断ろうとして、止める。
これも気遣いなのだ。
日本も俺と同じように思っているなら。
「…とりあえず、紅茶淹れなおすか。」
「お手伝いします。」
お互い、相手を気遣いしまくって結果空回りのイメージがある。
自分の不甲斐無さばかり見えてくる。
ネガティブ思考は疲れている証拠です。休め。