荒々しく机を叩く音と、それに少しおくれて椅子が倒れる音と、最後に水の入ったコップが落ちて割れた。
先ほどまでざわついていた議場は、水を打ったように静まり返っている。
国際的な会議の場で、このような抗議方法は珍しくない。
現に、ロシアが議場の机を壊した回数は数え切れないし、アメリカが途中で退室した事も数多い。
なら何故、こんなにも皆静まり返っているのか。
簡単だ。
「…いい加減に、していただきましょうか…。」
普段怒らない人物の怒りほど、怖いものは無いのだ。
水の滴る机に拳を叩きつけ、地の底から響くような声で、日本が怒りをあらわにしていた。
「えーっと…に、日本?とりあえず一旦落ち着かないかい?」
アメリカが珍しく空気を読んで…否、そうせざるを得ないほどの威圧感であったが…日本を宥める。
ゆらり、と向けられた黒い目に血の気が引いた。結局それ以上何もいえない。
アメリカは今、一番日本の怒りを買っているだろうから、仕方が無いといえば仕方が無いのだが。
いつも飄々としているフランスは、やはり我関せずという風に目線を逸らしている。…逸らした目が泳いでいる。
「…あー…み、水の換えを…。」
「結構です。」
青い顔で黙り込んだ弟の隣で、イギリスが必死に場を持たせようとしたが勿論無駄に終わった。
ばっさりと一言で切り捨てられる。兄弟そろって小刻みに震える結果となった。
実際、イギリスもアメリカに並んで日本の怒りに大いに触れている。
「ふぇー…にほんー…。」
直接の怒りを向けられたわけでもないのに、イタリアは既に米英兄弟と似たり寄ったりの状況だ。
目に涙をためて、いつものようにドイツの後ろに隠れるが、今回ばかりはドイツもイタリアに構う余裕はなさそうだ。
冷や汗で若干逃げ腰の彼などそう見れはしないだろう。
だが彼の真面目さは、ここで黙り込み逃げ出す事を許さない。全く持って難儀な性格である。
「に、にほん、その…」
ぼそぼそと聞き取りづらい声は、まったくもってドイツらしくなかったが、それをからかう余裕のあるものは居ない。
「今更弁解でもおありですか。だとしても最早聞く気は御座いません。」
日本のこんな目を見たのは、前の大戦以来かもしれない。
ぞっとするような黒い視線に、あえなくドイツも陥落した。
中国はフランスと似たようなものだ。確かに彼は直接的に怒りに触れていないが、後ろめたいところはあるのだろう。
この場でいつもどおりの余裕を持っているのはロシアぐらいである。
「日本くんが怒るのも無理ないよね。」
「この問題だけは、貴方と気があって非常に嬉しい限りですよ。」
驚くほど奇妙な取り合わせであるが、ロシアと日本の二人はしっかりと目を合わせて笑い合っている。
それを眺める他国は背筋が凍る思いだ。
にこやかに笑うロシアと、にこやかに笑う日本。
怖すぎる。
日本はロシアとひとしきり目で会話した後、殺気といっても過言ではない感情をやどして、ゆっくりと議場の国々を見回した。
そして、言う。
「脱退も辞さぬ覚悟であること、よくよく覚えておられますよう、各々方。」
それだけを言うと、あとは各国に一瞥もくれないまま、日本は扉を乱暴に開けて出て行った。
大きな音を立てて扉が閉まる。
議場は今だ静まり返ったままだ。
「んー、じゃあ僕も帰ろうかな。もうこれ以上話すことも無いみたいだし。」
張り詰めた空気の中、ロシアがそういって日本に続く。
「じゃ、じゃあ、我もそろそろおいとまするあるよ…。」
ロシアについていく様に小走りで中国も出て行った。
「…完全に怒らせちまったな、あれは。」
「フランスてめぇ黙ってないでどうにかしろよ!」
やっと言葉を発したフランスに、イギリスはまだ若干血の気の引いた顔で怒鳴った。
「無理言うなって。」
「…ああ、あれは、流石にどうにもならんだろう…。」
フランスの呆れたような声に、弱弱しくドイツが同意する。イタリアはその後ろでコクコクと首を振っていた。
「だって…考えられないよ…っ。」
やっと復活したアメリカが、苦しげに呟く。珍しい彼の様子に皆は押し黙った。
少しばかり涙の溜まった目をキッと上げ、アメリカが叫ぶ。
「…だって、鯨を食べるなんて…!!」
アメリカならびにヨーロッパ諸国の面々は、IWCの議場で大きくため息をつくのだった。
正直もういい加減怒って正解だったと思うんだ個人的に…。