拝啓 樹々の緑深くなり、汗ばむ陽気となりました。
梅雨もようやく明けはじめ、あじさいの花が散っていこうとしています。
こうなると、雨の涼しさが懐かしくなるのですから、まったく勝手な事ですね。
もうお体の具合は宜しいのでしょうか。情けない話ですが、外の情報は殆ど入ってきません。
ただ貴方が無事であられた事のみ、聞き及んでいる次第です。
どうかご無理をなさらぬよう、ご自愛くださいませ。
敬具
「封は開いてるけどな、俺は読んでないから。」
フランスは入ってきた途端、真剣な顔でそんな事を言う。
「どうしても検閲だけは、な。」
そう苦笑いをしながら、フランスは「でも俺は中身に一切手ぇ触れてない。」とまた同じような事を言った。
「敵国が気にする事か。」
体も大分と動くようになったが、まだ立つ事は出来そうに無い。ベッドの上で上半身だけ起してフランスを見る。
美しかった黄金の髪が、少しすすけた様に見えた。
戦で、誰も彼も疲れている。
「敵国、ね。」
呟きながら浮かべる笑みはなんとも自嘲的に歪んでいて、この間の微笑といい、らしくない。
この男はいつも不敵な笑みで飄々と世界を渡っていて、その捉えどころの無い性格が昔から苦手だった。
「…長ぇなぁ・・・。」
少しの静寂を破って、小さく呟かれた言葉の真意が読めずに目線をやる。気付いたフランスが口を開いた。
「戦争が。」
「イギリスと百年殴りあったのは何処の誰だ。」
「…お前、そんな茶目っ気のあるやつだったっけ?」
至極真面目に言ったつもりだったが、目の前の彼はくつくつと笑っている。
続きを促すように黙っていると、フランスの笑い声が少しずつ小さくなって消えた。
その表情はひどく物憂げで、こんな顔をされると何と言えばいいのか分からなくなる。
「人は、どんどん進んでいったよな。」
何処ともなしに視線をやり、フランスが気だるげに言葉をつむぐ。
「色んなモン作って、役立てて。すげぇよな、たかが百年そこらでこの変わりようだ。」
遠い目をするフランスを見て、ああこの男もまた永い時を生きた国だったのだと思う。
懐かしむように語り、しかし遣る瀬無いような笑みを浮かべたままのフランスは椅子に深く腰掛けて天井を見上げる。
「初めは幸せになるためのモノだったんだ、全部。」
ぽつり、と呟く。
「なのに、何でだろうなぁ・・・。」
遠い遠い昔を想って吐き出される問。
それに答えるには、俺はあまりに若すぎるとぼんやり思った。
感傷的な空気は、
「まあ俺も武器作ってるし人のコトいえないけどな。」
というあまりにもフランスらしい軽い言葉で消え去った。
「怒るなよ、事実だ。」
眉間によった皺をみて、フランスがせせら笑う。
「返事、書かねぇの。」
「・・・何を書けと。」
「知るか、お前の手紙だろ。」
視線を合わさず言うと、彼は呆れたようにそう答えた。
「俺は、読んじゃいないし、これからも読むことの無い手紙だ。」
それの返事はお前しか書けないって、分かっとけよ。
最後にそれだけを言うと、フランスは椅子から立ち上がってドアへ歩いていく。
その後姿は、あの優美で煌びやかであったフランスとは思えぬ澱みを持っていて、何故かひどく悲しくなった。
読み終えた手紙を丁寧にたたみ、封筒に入れる。そうして前の二通と共に棚へ仕舞った。
外の情報が入らない、つまり戦況は悪化の一途なのだと思い知らされる。
それはずっと以前から分かりきっていた事だったが、だからと言って納得も諦めも出来るものではない。
(当然だ、彼は今一人なのだから。)
頭に浮かぶ黒と紅は以前と少しも変わらないのに、吐き気は無かった。
(慣れはじめている。)
その事実に、絶望とすら表現できるものを感じる。
所詮はまやかしだったということか、あれだけの悲しみも己への怒りも。
ばさり、とベッドに倒れこむ。
(ただ、一人で。)
いつだったか。島国は一人に慣れているのだと、そういって笑っていたことがあった。
(甘えていた、な。)
慣れる訳が無い。大丈夫なはずが無い。彼が今、ただ一人で進む世界は、悲しいほどに残酷で無慈悲だ。
「・・・何を、言えるというんだ・・・。」
思わず零れた自分の声があまりに弱く、暗澹としたものが胸のうちをジクジクと侵食していった。